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札幌地方裁判所 昭和53年(ワ)1262号 判決

原告 石原ツルエ 外三名

被告 北海道 外一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、

(一) 原告石原ツルエに対し、金二〇一七万六八〇七円及び内金一八一七万六八〇七円に対する昭和五〇年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

(二) 原告磯谷和枝及び同石原敬子に対し、各金五一四万四九一八円及び各内金四六四万四九一八円に対する昭和五〇年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による各金員、

(三) 原告石原芳子に対し、金一八〇三万一八八九円及び内金一六五三万一八八九円に対する昭和五〇年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文第一、第二項同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

訴外亡石原劭(以下「亡劭」という。)及び同石原康一(以下「亡康一」という。)は、それぞれ、昭和五〇年八月三日午前九時三〇分ころ、北海道中川郡池田町字高島一四三番地先の利別川の河川区域に設置してある訴外池田土地改良区(以下「訴外改良区」という。)所有の高島頭首工(以下「本件頭首工」という。)から下流約四〇メートルの地点で魚釣りをしていたところ、折から、訴外改良区水路監守担当職員訴外山越安太郎(以下「山越」という。)が本件頭首工の土砂吐水門を開扉して放水したため、増水した水に押流され、亡劭は、そのころ、同所付近において溺死し、亡康一もまた、同月五日、その下流において溺死体で発見された(以下「本件事故」という。)。

2  本件頭首工の管理及び状況など

(一) 本件頭首工は、被告北海道(以下「被告道」という。)によつて昭和四一年五月二八日築造され、同四二年三月三〇日訴外改良区に対し、北海道土地改良財産譲与条例及び同規則に基づき譲与され、以来、訴外改良区によつて所有し管理されている。

(二) 本件頭首工は、灌漑用水の取水を目的とするもので、その構造、規模の概要は、別紙図面(一)、(二)記載のとおりであり、取水堰は、固定堰工、洪水吐工(水門を有し、洪水の流下を妨げないよう配慮した部分)、土砂吐工(水門を有し、用水路内への土砂の流入を防止し、取入口付近の堆積土砂の排除を容易にするための部分)によつて構成され、付帯施設として魚道工、管理施設として操作室を有する。

(三) その上流付近は利別川が本件頭首工により堰止められるため、満水状態であり、また、その下流域は、十字ブロツク、コンクリートブロツクなどが敷きつめられ、常時一〇ないし二〇センチメートルの深さで水が流れているが、右ブロツク敷中央部には、幅約五・六メートル、深さ約一メートル、長さ約二〇メートルの深瀬がある。

そして、本件頭首工土砂吐水門及び洪水吐水門を開扉すると、本件頭首工上流付近に貯水された水は下流域に放出され、本件頭首工下流約四〇ないし五〇メートル付近では、開扉後数分で水深が約二メートル以上に達する。

(四) 本件頭首工下流付近は、釣場として良好な場所であり、新聞の釣情報などでも紹介されていて多数の釣客が自由に出入りをしていたところ、本件頭首工及びその付近の利別川河川区域内には、本件事故当時、本件頭首工付近への立入りを禁止する標識や施設がなかつたし、更に、本件頭首工放水時の下流域の危険を防止し、又はこれを告知する施設は何ら設置されていなかつた。

3  被告らの責任

(一) 被告道

(1)  国家賠償法一条一項に基づく責任

(ア) 被告道知事は、土地改良法に基づいて設立された訴外改良区に対し、土地改良法五七条の二第一項に基づき、その土地改良施設である本件頭首工の管理につき、その事業の実施の細目を定めた別紙(一)記載の条項を含む高島頭首工管理規程(以下「管理規程」という。)を認可し、また、同法一三二条一項に基づき、訴外改良区に管理規程を遵守させるために必要があると認めるときは、訴外改良区からその事業に関し報告を徴し、又は訴外改良区の業務若しくは会計の状況を検査する権限を有し、更に、同法一三四条一項に基づき、右報告を徴し、又は右検査を行つた場合、訴外改良区の業務が管理規程に違反すると認めるときは、訴外改良区に対して必要な措置を採るべき旨を命ずる権限を有していた。

(イ)(a)  ところで、被告道知事の右権限の行使は、全部がその自由裁量に属するものではなく、個々の住民の権利に対する損害という結果発生の具体的危険性があり、被告道知事がその権限を行使することによつて右結果の発生を防止することができ、具体的事情のもとで、右権限を行使することが可能であり、かつ、これを期待することが可能であつた場合には、被告道知事は、右権限を行使すべき義務を負い、これは、同時に、危険にさらされている個々の住民に対する義務でもあつて、被告道の公権力の行使に当る公務員である被告道知事が右のような場合に右権限を行使しないことは、裁量権の著しく合理性を欠く不行使であつて、右義務の違反として違法となるものである。

(b)  被告道知事は、左記のとおり、右の権限を行使すべき義務を負つていたものである。すなわち、

(i) 本件頭首工土砂吐水門及び洪水吐水門を開扉すると、本件頭首工上流に貯水された水が下流に放出され、本件頭首工下流約四〇ないし五〇メートル付近では、開扉後数分で水深が約二メートル以上に達するものであり、しかも、利別川の本河川区域内には、日ごろから、多数の者が魚釣りのため出入りしていたにもかかわらず、本件頭首工及びその付近の利別川の河川区域内などには、魚釣りを禁止するための標識や施設がなく、また、本件頭首工の水門を開扉する際、その下流域で魚釣りをしている者に対してその旨を警告する施設が全くなかつたため、水門を開扉すれば、そのことを知らずに魚釣りをしている者に本件事故のような水死事故が発生する危険性が十分にあつた。

(ii) 被告道知事は、各地の土地改良施設において毎年幼児の転落事故などが発生していること及び本件頭首工付近の利別川の河川区域が釣場として好適なため多数の者が出入りしていることを了知していたうえ、本件事故の前年である昭和四九年、土地改良法に基づき、訴外改良区の業務について検査を実施していたのであるから、右検査の際、前記事故防止のための施設が設置されていないことを容易に認識することができたはずであり、これによつて、本件事故のような水死事故の発生を容易に予見することができたはずである。したがつて、被告道知事は、右検査の際、土地改良法所定の前記権限を適切に行使して、訴外改良区に対し、事故防止のための施設の設置など具体的に必要な措置を採るべきことを指導することによつて、本件事故のような水死事故の発生を容易に防止することができたはずである。

(iii ) 被告道は、本件事故後、その原因を調査するとともに、訴外改良区に対し、事故防止のための対策について、被告道と事前に協議して適切な処置を講ずるよう、更には事故防止のための具体的な措置をとるよう指導し、その結果、訴外改良区は、事故防止のため、本件頭首工付近に危険を表示する看板を増設し、本件頭首工下流域に人が立入らないように鉄線を張り、本件頭首工の操作室には万一立入つた者に対して警告を与えるためのハンドマイク及びサイレンを設置した。このことと前記(i) 及び(ii)の事清に照らせば、被告道知事が前記検査の際、訴外改良区に対し、事故防止のため具体的に必要な措置を措るように指導することを期待することができたことは明らかである。

(iv) 以上によれば、本件の場合、被告道知事は、土地改良法所定の権限を行使して、訴外改良区に対し、事故防止のための施設など具体的に必要な措置を措るべきことを指導すべき義務を負つていたものである。

(c)  被告道知事は、過失により右指導義務を尽さなかつたものであり、その結果、本件事故が発生したものである。

(ウ) したがつて、被告道は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、後記4の損害を賠償すべき義務がある。

(2)  国家賠償法三条に基づく責任

また、被告道は、河川法六〇条二項に基づき、本件頭首工を含む利別川の指定区間の管理費用を負担していたものであるところ、後記(二)のとおり、被告国による右区間の管理には瑕疵があつたため、被告国は原告らに対して後記4の損害を賠償する責任を負うものであるから、その管理の費用を負担する被告道も、国家賠償法三条に基づき、原告らに対し、右損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告国

(1)  本件頭首工の管理の瑕疵

(ア) 本件頭首工は、被告国の管理にかかる営造物である。すなわち、利別川は、河川法にいう一級河川であり、本件頭首工が設置されている河川区域を含むその河川区間は、同法九条一項により被告国の機関である建設大臣が河川管理者としてその管理をしているところ、本件頭首工は、もともと被告道が災害対策基本法に基づき災害復旧事業として設置されたものであるから、本件頭首工は、前記2(二)の灌漑用水の取水目的の効用を有すると同時に、河川法三条二項にいう河川管理施設としての効用をも有していたものというべきであり、したがつて、本件頭首工は、被告国の管理にかかる営造物というべきである。

(イ) 被告国の本件頭首工の管理には瑕疵があつた。すなわち、本件頭首工土砂吐水門及び洪水吐水門を開扉すると、利別川の本件頭首工上流に貯水された水が下流域に放出され、本件頭首工下流約四〇ないし五〇メートル付近では、開扉後数分で水深が約二メートル以上に達するものであるところ、本件頭首工付近は日ごろから多数の者が魚釣りのため出入りしていたため、本件頭首工からの放水により、その下流域で魚釣りをしている者に本件事故のような水死事故が発生する危険性があつたにもかかわらず、本件頭首工及びこれが設置されている利別川の河川区域内には、本件頭首工下流域に人が立入ることを禁止する施設、放水時の危険を告知する施設等人命に対する危険を防止する施設が設置されていなかつた。

(2)  利別川の管理の瑕疵

(ア) 利別川の河口区域のうち本件頭首工が設置されている部分を含む河川区間は、建設大臣が河川管理者として管理するもので、被告国の営造物であるところ、河川管理者が行う河川の管理は、公共用物としての河川の保存、改良、その利用の保全及び増進、並びにこれらに付随して行われる一切の行為を指すものであるから、河川管理者は、河川自体の危険性の除去のみならず、河川に人工的に付属せしめられた物から生じる危険性の除去も、河川の管理として行わなければならないものであること、本件頭首工は、建設大臣から河川法二四条、二六条による各許可を受けて設置された工作物(以下「許可工作物」ということもある。)であるところ、同法三〇条一項は許可工作物を新築又は改築する者は、河川管理者の完成検査を受け、これに合格した後でなければ、当該工作物を使用してはならない旨定めていることからすると、被告国の機関である建設大臣による利別川の河川管理には、本件頭首工から生じる危険性の除去も含まれるものというべきである。

(イ) しかるに、前記(1) (イ)のとおり、本件頭首工の管理には瑕疵があつたものであるから、結局、被告国の利別川自体の管理に瑕疵があつたものというべきである。

(3)  本件事故は、被告国による右(1) の本件頭首工の管理の瑕疵又は右(2) の利別川の管理瑕疵によるものであるから、被告国は、国家賠償法二条一項に基づき、原告らに対し、後記4の損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 亡劭の損害と原告石原ツルエ(以下「原告ツルエ」という。)、同磯谷和枝(以下「原告和枝」という。)及び同石原敬子(以下「原告敬子」という。)の相続

(1)  逸失利益 金一三九三万四七五四円

亡劭は、本件事故当時、満五七歳の男子であり、満六七歳まで一〇年間就労可能であつたから、昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計の満五七歳の年間平均賃金を基準とし、これから三割を生活費として控除し、更にライプニツツ式計算により年五分の中間利息を控除して、亡劭の死亡により喪失した得べかりし利益を算出すると、金一三九三万四七五四円(但し、小数点以下切捨て)となる。

計算式 〔昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計満五七歳の月額平均給与額(一六万九〇〇〇円)×一二か月+年間平均賞与額(五五万〇六〇〇円)〕×生活費控除率(〇・七)×ライプニツツ係数(七・七二)=一三九三万四七五四円

(2)  原告ツルエは、亡劭の妻であり、原告和枝は、亡劭と原告ツルエの長女であり、原告敬子は、亡劭と原告ツルエの二女であるところ、右の原告ら三名は、亡劭の死亡により右(1) の亡劭の損害賠償請求権を各三分の一ずつ相続した。

(二) 亡康一の損害と原告ツルエ及び同石原芳子(以下「原告芳子」という。)の相続

(1)  逸失利益 金三一六六万三七七九円

亡康一は、新制高等学校を卒業し、本件事故当時、満三〇歳の男子であり、満六七歳まで三七年間就労可能であつたから、昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者新高卒満三〇歳の年間平均賃金を基準とし、これから三割を生活費として控除し、更にライプニソツ式計算により年五分の中間利息を控除して、亡康一の死亡により喪失した得べかりし利益を算出すると、金三一六六万三七七九円(但し、小数点以下切捨て)となる。

計算式 〔昭和五一年度賃金センサス第一巻第一表男子労働者新高卒満三〇歳の月額平均給与額(一七万四五〇〇円)×一二か月+年間平均賞与額(六一万三〇〇〇円)〕×生活費控除率(〇・七)×ライプニツツ係数(一六・七一)=三一六六万三七七九円

(2)  原告ツルエは、亡康一の母であり、原告芳子は、亡康一の妻であるところ、右の原告ら二名は、亡康一の死亡により右(1) の亡康一の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(三) 原告らの損害

(1)  原告ツルエの損害

(ア) 慰藉料 計金七〇〇万円

原告ツルエは、亡劭の妻であり、亡康一の母であるところ、本件事故により亡劭及び康一を失つたもので、その精神的苦痛は重大なものであるから、これを慰藉するには計金七〇〇万円が相当である。

(イ) 葬儀費用

原告ツルエは、亡劭の葬儀費用として金七〇万円の出損を余儀なくされた。

(2)  原告和枝、同敬子の慰藉料 各金二〇〇万円

原告和枝は、亡劭と原告ツルエの長女、同敬子は、同じく二女であるところ、本件事故により亡劭を失つたもので、その精神的苦痛は重大なものであるから、これを慰藉するには、各金二〇〇万円が相当である。

(3)  原告芳子の損害

(ア) 慰藉料 金七〇〇万円

原告芳子は、亡康一の妻であつたところ、本件事故により亡康一を失つたもので、その精神的苦痛は重大なものであるから、これを慰藉するには金七〇〇万円が相当である。

(イ) 葬儀費用 金七〇万円

原告芳子は、亡康一の葬儀費用として金七〇万円の出損を余儀なくされた。

(四) 原告らの損害の填補

(1)  原告らは、訴外改良区から、本件事故の損害金として金二一〇〇万円の支払を受けた。

(2) 右金二一〇〇万円中、原告ツルエは、金七〇〇万円を慰藉料に、金三〇〇万円を亡劭及び亡康一から相続した逸失利益に充当し、原告敬子及び同和枝は、それぞれ金二〇〇万円を慰藉料に充当し、原告芳子は、金七〇〇万円を慰藉料に充当した。

(五) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起、追行を原告ら代理人に委任し、報酬として、原告ツルエは金二〇〇万円、原告和枝、同敬子は各金五〇万円、原告芳子は金一五〇万円を支払うことを約した。

5  よつて、被告らは、国家賠償法に基づき、原告ツルエに対し金二〇一七万六八〇七円及び内金一八一七万六八〇七円に対する、原告和枝及び同敬子に対し各金五一四万四九一八円及び各内金四六四万四九一八円に対する、原告芳子に対し金一八〇三万一八八九円及び内金一六五三万一八八九円に対するいずれも不法行為の日である昭和五〇年八月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  請求原因に対する被告らの認否

(被告両名)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実について

(一)及び(二)は認める。

(三)のうち、利別川が本件頭首工により堰止められていること、その下流に十字ブロツク、コンクリートブロツクが敷きつめられていること、本件頭首工上流が満水の際、土砂吐水門、洪水吐水門を開扉すると、本件頭首工上流に貯水された水が下流に放出されることは認め、その余は不知。

(四)のうち、本件頭首工及びその付近の利別川の河川区域内に本件事故当時、本件頭首工付近への立入りを禁止する標識や施設がなかつたこと、本件頭首工放水時の下流の危険を防止し、又はこれを告知する施設が設置されていなかつたことは否認し、その余は不知。

(被告道)

1 請求原因3(一)について

(一) (1) のうち、

(ア)の事実は認める。

(イ)(a) の主張は争う。同(b) の冒頭の主張は争う。同(b) (i) のうち、本件頭首工上流が満水の際、土砂吐水門及び洪水吐水門を開扉すると、本件頭首工上流に貯水された水が下流域に放出されることは認めるが、本件頭首工下流約四〇ないし五〇メートル付近では、開扉後数分で水深が約二メートル以上に達することは不知、その余の事実は否認する。同(b) (ii)のうち、被告道知事が各地の土地改良施設のうち、農業用排水施設たる用排水路において、幼児の転落事故が発生していることを了知していたこと、被告道知事が本件事故の前年である昭和四九年土地改良法に基づき訴外改良区の業務について検査を実施したことは認め、本件頭首工付近の利別川の河川区域が釣場として好適なため多数の者が出入りしていたことは不知。これを被告道知事が了知していたこと及びその余の事実は否認し、原告らの主張は争う。同(b) (iii) のうち、被告道が本件事故後その原因を調査したこと、訴外改良区が本件頭首工付近に危険を表示する看板を増設し、本件頭首工機械室にハンドマイク及びサイレンを設置したことは認め、その余の事実は否認し、原告らの主張は争う。同(b) (iv)の主張は争う。

同(c) の事実は否認する。

(ウ)の主張は争う。

2 請求原因3(二)について

被告道が本件頭首工を含む利別川の指定区間の管理費用の一部を負担していたことは認め、その余の主張は争う。

(被告国)

請求原因3(二)(1) について

(一) (ア)のうち、本件頭首工がもと被告道において、災害対策基本法に基づき、災害復旧事業として築造したものであることは認めるが、その余の主張は争う。(イ)のうち、本件頭首工土砂吐水門及び洪水吐水門を開扉すると、利別川の本件頭首工上流に貯水された水が下流域に放出されることは認めるが、本件頭首工下流約四〇ないし五〇メートル付近では、開扉後数分で水深が約二メートル以上に達することは不知、その余は否認する。

(二) (2) について

(ア)のうち、本件頭首工が設置されている利別川の河川区間を建設大臣が河川管理者として管理していること、本件頭首工が許可工作物であり、その工事については建設大臣の完成検査を受けて合格していることは認めるが、その余の主張は争う。

(三)(3) の主張は争う。

(被告両名)

請求原因4について

(一) (一)の事実中、亡劭が本件事故当時満五七歳の男子であつたことは認め、その余は不知。

(二) (二)の事実中、亡康一が本件事故当時満三〇歳の男子であつたことは認め、その余は不知。

(三) (三)の事実はいずれも不知。

(四) (四)の事実中、(1) は認め、(2) は不知。

(五) (五)の事実中、原告らが本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任した事実は認め、その余は不知。

三  被告らの反論

(被告両名)

本件頭首工は、訴外改良区が所有管理するものであるところ、本件事故は、以下に述べるとおり、訴外改良区の職員であつた山越の過失と被害者らの過失が競合して発生したものである。

(一) 山越は、訴外改良区の水路監守員として、本件頭首工における水門の開閉操作等の業務に従事していたものであり、水門を開き貯溜水を放流するにあたっては、たとえ本件頭首工付近一帯の利別川河川区域が釣人らの自由使用を禁止する立入禁止区域になつていたとはいえ、下流域に釣人が立入つていないことを確認したうえ、放水の影響による人身事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があつた。

ところで、山越は、本件事故当日、本件頭首工の水門を点検しているうち、土砂吐水門の門扉右端にピンポン玉大の小石があるのを発見し、この小石が水門開閉の支障となるのを防ぐため、水門を開いてこれを取除こうと考え、たまたま本件頭首工の下流に数名の釣人が立入つているのを認識していたことから、水門の歩行橋上及び本件頭首工右岸にある操作室窓から釣人に対し、放水するから岸に上るよう叫びつつ、手振りで岸へ立去るよう警告した。

しかし、山越は、本件頭首工の近くにいた釣人が右警告に気付いて避難しかかつたのを見て、他の釣人も同様に岸へ上るであろうと軽信し、右歩行橋上及び操作室窓から釣人の存否を容易に見通すことができたのに釣人全員の挙動を確認するのを怠り、これを確認しないまま土砂吐水門を開いて放水した過失により、本件事故を惹起した。

(二) 他方、本件被害者らは、本件頭首工下流の右岸一帯に、一般人の立入を禁止するため有刺鉄線柵が設置されており、本件頭首工の両岸には放水による危険を標示した警告標識が、一般人に容易に認識できる状態で設置されていたにもかかわらず、これを無視して右岸の有刺鉄線柵をくぐりぬけ、本件事故現場付近の利別川区域内に立入つたものである。

そして被害者らは、山越が水門の歩行橋上及び操作室窓から、放水することを叫んで手振りで岸へ立去るよう警告した際、本件頭首工付近にいた釣人がこれに応じて立去るのを目撃していたのであるから、たとえ被害者らが多少離れた場所にいたため山越の叫び声を聞きとれず、放水する旨の警告であることを理解しえなかつたとしても、立入禁止区域内から早急に退去することを求めた警告であることは、容易に認識しえたはずであつて、この警告を無視して本件現場付近にとどまつたという過失があり、これらの過失によつて本件事故が発生したものである。

(三) 以上のとおり、本件事故は、山越の業務上の過失と、被害者らが立入禁止区域内に立入つた過失及び退去警告を無視して現場にとどまつた過失があいまつて発生したものであり、これらの過失のいずれか一つでも存在しなければ、本件事故は発生しなかつたものである。

したがつて、本件事故は、訴外改良区における本件頭首工の管理規程の当否、警報器等の設置の有無、右改良区に対する行政指導の存否に関わりなく、また、本件頭首工が存在する利別川の河川管理の問題とも関係なく発生した単純な不注意、過失の競合による事故であつて、被告らの帰責事由を論ずる以前の人為的ミスというべきである。

(被告道)

1 被告道に本件事故の責任の存しないことについて

(一) 土地改良法は、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もつて農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善を図ることを直接の目的とし、右目的達成の手段として農用地の改良・開発・保全及び集団化等の土地改良事業を行うものであるが、(同法一条一項)、土地改良事業は、土地や水に関する事業であるところから多額の公共投資を伴うばかりでなく、他産業との関連も密接であるため、土地改良事業を他の産業と調和させ、国土資源の最も有効かつ適切な開発・保全と国民経済の発展に適合させることもその目的としているのである(同条二項)。

一方、同法五七条の二第一項は、土地改良区の行う事業のうち、農業用用排水施設の管理を行なう場合には、省令の定めるところにより、当該事業の実施細目について管理規程を定め、当該事業の実施前に都道府県知事の認可を受けるべきものとするところ、同条が右規定を設けたのは、農業用用排水施設については、その管理方法によつては、渇水時における水争いの原因となつたり、市街化の進展等によつて悪水が流入する等のことが考えられるから、これらの施設の管理事業を行う土地改良区に対して、本件のようなえん堤の場合については、貯水・放流又は取水に関する事項、その前提としての施設を操作するため必要な機械器具等の点検及び整備に関する事項等(土地改良法施行規則四八条の二、一号参照)を定めさせ、これによつて農業水利の合理化、土地改良施設の管理の適正化及び水の農業上の利用とそれ以外の利用の調整を図るために外ならない。

したがつて、被告道知事が、右のような管理規程を認可するにあたつては、主としてこのような水利上の見地からの適否を判断すれば足りるのであつて、土地改良法は、被告道知事に対し、何ら、原告らの主張するような当該施設における危険防止設備の設置についての調査ないし指導・監督等の義務を課しているのではないから、このような見解を前提とする原告らの主張は失当である。

(二) 土地改良法一三二条一項、一三四条一項に規定する「土地改良区の業務」とは、当該土地改良区の本来の業務、すなわち、当該土地改良区の定款に掲げられた土地改良事業及びその附帯事業をいうものであつて、当該土地改良区の事業活動そのものを指すものであることが明らかであるから、被告道知事の検査権の行使も、このような土地改良区の業務及び会計の状況に限られるものである。

したがつて、土地改良法に基づく被告、道知事の検査権及び措置命令権の行使は、当該土地改良区の事業活動そのものである業務及び会計の状況についてのみがその対象となるものであるから、事業活動そのものとは直接関係のない釣人等に対する人身事故等の危険の防止に関する事項は、一般行政すなわち住民の生命、身体等の保護という見地からする行政指導の対象となることはあつても、土地改良法上の被告道知事の検査権及び措置命令権の対象とはなりえない。

(三) 仮に、被告道知事に対して何らかの義務が存するとしても、本件頭首工の管理者が放水をする場合には放水による危険の及ぶ範囲内に立入つている人々に対して人的又は物的施設によつて危険を防止する措置を講じるであろうことは、社会通念上予期し得ることであつて、右のような措置を講じないまま放水をすることは極めて異常なことであるから、土地改良区に対する監督権を有する知事が右異常な状態を予見する可能性はなかつた。

2 本件事故の発生と被告道知事の土地改良法に定める作為義務違反との間に因果関係のないことについて

仮に、土地改良法一三二条又は一三四条の「土地改良区の業務」の中に、その事業活動に伴つて発生するおそれのある人身事故その他の危険の防止に関する事項も含まれるとした場合に、被告道知事に原告らが主張するような土地改良法に定める作為義務の違反があつたとしても、このことと本件事故の発生との間には、相当因果関係がない。

すなわち、本件事故は、前述のとおり当時訴外改良区の水路監視員であつた山越が本件頭首工の放水によつて危険の及ぶ範囲内に釣人が存在していることを視認していながら、本件頭首工の水門を開扉して放水したという全く個人的な過失と、危険の分別をわきまえた大人である被害者らがあえて危険をおかして本来立入るべき所でない所に立入つて釣に夢中になつていた(被害者らを除いて全員が安全な所に避難している)過失とが相乗して発生したことが明らかであるから、被告道知事の土地改良法上の権限の不行使と本件事故の発生との間には、相当因果関係がない。

(被告国)

1 建設大臣による河川管理は、洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川を適正に利用し、流水の正常な機能を維持するため、これを総合的に管理すること(河川法一条)を目的としているのであり、釣人等の河川の自由使用者に対する危険防止を、直接の目的としているのではない。

したがつて、河川における危険性の防止除去とは、右の洪水、高潮等による災害の発生を防止除去することであつて、本件頭首工についていえば、その管理者である訴外改良区が水門を開扉して放水した場合に、下流域における堤防ないし護岸の決壊を防ぎ、洪水等による災害の発生を防止除去することであり、本件頭首工下流域に存在する水制工は、右災害防止の見地から設置されたものである。

要するに、この点に関する原告らの主張は、本件頭首工の管理者たる訴外改良区の管理の瑕疵ないし水路監守員たる山越の注意義務違反を、被告国の河川管理上の瑕疵として主張するもので、失当である。

2 本件頭首工は、河川法二四条、二六条による許可工作物であつても、同法三条二項の河川管理施設ではない。

すなわち、本件頭首工は、河川管理者たる建設大臣が設置したものではなく、しかも建設大臣は本件頭首工の管理者たる訴外改良区から、本件頭首工を河川管理施設とすることの同意を得ていない(同法三条二項但書)のであるから、本件頭首工が河川管理施設にあたらないことはもとより、河川管理者が本件頭首工を事実上管理、支配したことも全くない以上、本件頭首工を河川管理施設と同視して、河川管理者の管理の瑕疵を問責すべき法的根拠ないし特段の理由はない。

また、河川に設置する工作物は、河川管理上特に重要である治水上安全な構造のものであるか否かの観点からその許否を審査するものであり、頭首工については、水位、流量、地形、地質、その他河川の状況及び頭首工の自重、水圧その他の予想される荷重を考慮した安全な構造のものであること(河川法一三条)、放水時に下流域において、前述した趣旨の災害の発生を防止するに足りるものであることを審査の対象とし、河川管理者はこの点を判断して許可を与えるか否かの裁量を行うのであつて、頭首工設置後の頭首工自体の管理権は、頭首工管理者の専権に属し、頭首工に対する各種の管理行為及び放水時の危険防止、安全性の配慮は、すべて頭首工管理者の権限であり、責任である。

この意味から、本件頭首工の水門を開扉して放水するような場合は、本件頭首工管理者が自らの判断と費用をもつて、放水の影響が及ぶ範囲内の河川に立入つている者があるか否かを、人的又は物的施設によつて確認すべきであり、本件事故はまさに本件頭首工管理者が安全確認義務を怠つたこと等によつて発生したものであつて、本件頭首工の構造自体に基因して発生したものではないから、河川管理の瑕疵とは関わりのない事故というべきである。

3 河川管理の瑕疵とは、河川自体が洪水、高潮等による災害の発生を防止するために、本来具有すべき客観的な物的安全性を欠いていることをいうものと解すべきところ、本件事故の発生原因は、前述したとおり本件頭首工管理者らの管理上の瑕疵ないし注意義務違反によるものであるから、本件事故は、河川管理の瑕疵によるものではない。

なお、本件頭首工管理者が放水する場合に、下流域内に立入つている人々に対する危険を防止する人的又は物的な施設等による措置を講じるであろうことは、社会通念上予期しうることであるけれども、このような措置を講じないまま放水をすることは極めて異常なことであつて、河川管理者がこのような異常な状態を予測することは通常不可能であるから、河川管理者が本件事故の発生を予見する可能性はなく、また、これを予見しうべかりし特段の事情も存在しなかつた。

四  被告らの抗弁

1  過失相殺

本件被害者らには、前記のとおり、立入禁止区域であることを知悉しながら本件現場に立入つた過失、退去警告を無視して本件現場にとどまつた過失があつたのであるから、本件損害額の算定にあたりこれらの過失を斟酌すると、少くとも七割の過失相殺をするのが相当である。

そうすると、原告らの損害額は、仮に原告らの請求額によつてみても、右の過失相殺をすると総額二〇〇〇万円を下廻ることが明らかである。

2  弁済

原告らは、本件事故における損害賠償義務者である訴外改良区、その理事、山越らとの間で、既に賠償額を金二五〇〇万円と定めた訴訟上の和解をしており、昭和五五年一二月末日までに右賠償義務者らから、計金二一〇〇万円の弁済を受けており、これによれば、原告らは、既に本件事故による損害額全額の弁済を受け、原告らの損害賠償請求権は弁済によつて消滅している。

五  被告らの抗弁に対する原告らの認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実中、被告ら主張の内容の訴訟上の和解が成立したこと、被告ら主張の金員の弁済を受けたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故発生に至る経緯

右一の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証の三ないし八、同号証の一二ないし一四、同号証の二二、二三、同号証の二六ないし二九、同第四号証、検証の結果を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  亡劭及び亡康一は、原告ツルエとともに、昭和五〇年八月三日の早朝から、利別川河川区域内である本件頭首工の魚道左岸側最下端コンクリート枠より約四〇メートル下流の別紙図面(三)、(四)の×点付近で魚釣りをしていた。

そのころ、同所付近では、ほかに、中学生二名とその父親の計三名が魚釣りなどをしていた。

2  他方、山越は、本件頭首工の土砂吐水門の点検の目的で、同日午前九時一〇分ころ、本件頭首工に至つたが、その際、土砂吐水門付近で釣針などを探している右中学生二名を認めたので、同人らに対し、同所から立去るように告げて注意した後、本件頭首工の別紙図面(四)の歩行橋上から、洪水吐水門及び土砂吐水門を観察点検しているうち、土砂吐水門の門扉右端に小石があるのを発見した。そこで、山越は、土砂吐水門の操作の点検と右小石の除去のため、土砂吐水門を開扉しようとしたが、その際、山越は、亡劭、亡康一及び原告ツルエ三名が本件頭首工下流域の別紙図面(三)、(四)の×点付近で魚釣りをし、また、前記中学生ら三名が右の付近で魚釣りなどをしているのを認めたので、本件頭首工の歩行橋上及び操作室窓から、同人らに向い、大声で「水を流すから上れ。」「早く陸に上れ。」と叫ぶとともに手振で岸へ戻るように合図をしたところ、右中学生ら三名は、これに気がついて避難し始めた。これを見た山越は、亡劭ら三名も同様に避難するだろうと軽信したため、亡劭ら三名の以後の動静を確認しないまま、土砂吐水門開扉の操作をし、同門扉下部から貯留水を放出し始めた。

3  他方、亡劭ら三名は、山越の声や合図に気付かないまま、魚釣りに興じていたところ、突然右放水によつて水が膝付近まで勢いよく流れてきたので、原告ツルエは、岸側に避難したが、亡劭は、増水した水の勢いに押され、又はそのため足を滑らせて、利別川の流水中に転落し、亡康一もまた、亡劭を救助しようとして、利別川の流水中に飛込んだ。

4  ところで、山越は、右開扉操作後しばらくして操作室窓から亡劭ら三名が魚釣りをしていた方向を見たところ、利別川の流水中の深みに落込んでいる亡劭を認めたので、直ちに土砂吐水門閉扉の操作をした。しかし、亡劭は、そのころ、利別川の流水中において溺死し、亡康一もまた流水に押流され、同月五日、本件頭首工の下流において溺死体で発見された。なお、亡劭の死亡と亡康一の死亡の先後は不明である。

三  被告道の国家賠償法一条一項に基づく責任の存否

1  原告らは、被告道知事が訴外改良区に対し、本件頭首工の管理について本件事故のような水死事故を防止するため、危険防止施設の設置などに関し、土地改良法所定の権限を適切に行使すべきであつたのに、これを怠つた旨主張するので、以下これについて検討する。

2(一)  訴外改良区は、土地改良法に基づいて設立されたものであり、本件頭首工を所有管理してする農業用用排水施設の管理等の土地改良事業を行つていたものであることは、当事者間に争いがない。

(二)  ところで、同法五七条の二第一項によれば、土地改良区が、同法二条二項一号の事業のうち農業用用排水施設又は農用地の保全上必要な施設の管理を行う場合には、省令の定めるところにより、当該事業の実施の細目について、管理規程を定め、当該事業の実施前に都道府県知事の認可を受けなければならないとされ、また、同法一三二条一項によれば、都道府県知事は、土地改良区に法令、法令に基づいてする行政庁の処分又は定款、規約、管理規程、土地改良事業計画、換地計画若しくは交換分合計画を遵守させる必要があると認めるときは、土地改良区からその事業に関し報告を徴し、又は土地改良区の業務若しくは会計の状況を検査することができるとされ、更に同法一三四条一項によれば、都道府県知事は、同法一三二条一項の規定により報告を徴し、又は検査を行つた場合において、当該土地改良区の業務又は会計が法令、法令に基づいてする行政庁の処分又は定款、規約、管理規程、土地改良事業計画、換地計画若しくは交換分合計画に違反すると認めるときは、当該土地改良区に対し必要な措置を採るべき旨を命ずることができるとされている。

これらの規定は、土地改良区が土地改良事業の施行を目的とする公法人であり、その業務の執行の適否が社会公共の利害に重大な影響を及ぼす可能性があることから、土地改良区の業務の執行の適正を確保し、社会公共の利害との調整を図るため、都道府県知事に土地改良区に対する監督権限を付与したものと解される。

そして、都道府県知事の右監督権限の対象は、右各規定の文言並びに土地改良法の目的及び原則に照らすと、当該土地改良区の事業若しくは業務又は会計の状況であると解されるが、土地改良区が土地改良区の事業若しくは業務を執行するにあたり、これにより一般住民に対する災害ないしは危険の発生を未然に防止することは当然のことであつて、この点も右事業若しくは業務に含むものであるから、土地改良区の管理にかかる農業用用排水施設等の土地改良施設による一般住民に対する災害ないしは危険の発生防止の見地からする監督も、右監督権限に含まれるものというべきであり、したがつて、本件頭首工からの放水によるその下流域における危険の発生防止の見地からする監督も右監督権限に基づくものと解するのが相当である。

(三)  もつとも、都道府県知事の右監督権限の行使は、これらを定める規定の文言によつても明らかなとおり、都道府県知事の合理的判断に基づく自由裁量に委ねられているものである。

しかし、都道府県知事が右監督権限を行使しないことが著しく合理性を欠き、社会通念上相当でないものと認められる場合、たとえば、訴外改良区が本件頭首工の管理についてその危険防止施設の設置などを怠つているため、本件頭首工からの放水によりその下流域の釣り客などに対して本件事故のような水死事故が発生する危険が具体的に切迫しており、これを放置するときは、本件頭首工下流の利別川河川区域内に立入る住民の生命、身体の安全を保持しえないことが相当の蓋然性をもつて予測される情況のもとにおいて、被告道知事が右監督権限を行使することによつて本件事故のような水死事故の発生を防止することができ、かつ本件において被告道知事が右監督権限を行使することが可能であり、これを期待することが可能であつたという場合には、被告道知事は、右監督権限を行使すべき義務を負うものというべきであり、これを怠ることは、違法な権限の不行使に該るものと解するのが相当である。

3  そこで、右2の観点から、被告道の責任について判断するに、前記一の当事者間に争いのない事実、前記二の認定事実に、前掲甲第一号証の四(但し、後記採用しない部分を除く。)、同号証の五ないし八、同号証の一二、同第四号証、成立に争いのない甲第一号証の一八、同号証の三〇(但し、後記採用しない部分を除く。)、同号証の三一、乙第三号証(但し、後記採用しない部分を除く。)、同第四号証、検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件頭首工は、訴外元下利別土功組合により、大正一〇年五月北海道中川郡池田町字利別、豊田、青山信取を受益地区とする灌漑を目的として、当初木工沈床工により築造された。

ところで、昭和三八年の融雪災害を契機として、同四一年五月二八日、現在の本件頭首工が被告道によつて築造され、同四二年三月三〇日、北海道土地改良財産譲与条例及び同規則に基づき、訴外改良区に対して譲与され、以来、訴外改良区が本件頭首工を所有し管理している(以上の事実のうち、昭和三八年の融雪災害の点を除く事実は、当事者間に争いがない。)。

(二)  本件頭首工は、右(一)のとおり、灌漑用水の取水を目的とするもので、その灌漑面積は、三〇〇ヘクタールであり、その受益戸数は、約一一〇戸である。

本件頭首工の構造、規模の概要は、別紙図面(一)、(二)記載のとおりであるが、取水堰は、固定堰工、洪水吐工、土砂吐工によつて構成され、付帯施設として魚道工、管理施設として操作室がある(この事実は、当事者間に争いがない。)。

なお、操作室は、二階建の建物の二階部分にあり、操作室から土砂吐工の上部まで歩行橋が渡されている。

(三)  本件頭首工の操作室付近には、本件事故当時、高さ約〇・七メートルの鉄柵が設置されており、その設置位置は、別紙図面(三)の赤線部分である。右鉄柵に接続して高さ約〇・七メートルの木杭に有刺鉄線三本を張つた有刺鉄線柵が本件頭首工下流約八〇メートルの地点まで設置されていたが、その設置位置は、別紙図面(三)の青線部分である(なお、本件事故当時、有刺鉄線が木抗からはずれて垂れ下がつている箇所が数箇所あり、別紙図面(三)、(四)のC点付近の有刺鉄線は地面に垂れ下がつていた。)。

また、本件頭首工付近には、本件事故当時、別紙図面(三)のA、B各点付近に利別川上流にあるダム放水による危険を告知する看板が訴外電源開発株式会社本別発電所によつて設置されていたが、これらの他に、本件頭首工付近の利別川右岸には、同所への立入を禁止し、又は同所の危険を告知する看板又は標識はなく、また、本件頭首工の操作室にハンドマイク及びサイレンなどは設置されていなかつた。

(四)  被告道は、本件事故の前年である昭和四九年、土地改良法に基づき、訴外改良区の業務について検査を実施したが(この点は、当事者間に争いがない。)、その際、訴外改良区に対し、事故防止のため、本件頭首工付近に危険を告知し、又は立入を禁止するなどの看板又は標識を設置することを指導したり、また、本件頭首工の操作室にハンドマイク及びサイレンなどを設置することを指導したりしたことはなかつた。

(五)  利別川は、本件頭首工により堰止められ、その下流の河川区域には、十字ブロツク、コンクリートブロツクなどが敷きつめられているが、本件頭首工付近の利別川の河川区域は、新聞の釣情報などで良好な釣場所として紹介されたこともあり、釣りシーズンになると、早朝から釣り客などが出入りしていた。

以上の事実が認められ、前掲甲第一号証の四、同号証の二〇、乙第三号証、成立に争いのない乙第六号証の四のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用することができない。

4  右3に認定した事実によると、本件頭首工付近の利別川の河川区域は、釣場所として、釣り客などが出入りしていたこと、本件事故当時、本件頭首工付近の利別川右岸の河川区域には、訴外改良区が設置した立入禁止の看板又は標識がなく、本件頭首工の操作室にはハンドマイク、サイレンなどが設置されていなかつたこと、被告道の訴外改良区に対する昭和四九年の業務検査の際、被告道は訴外改良区に対し、本件頭首工付近に危険告知のための看板又は標識を設置するように指導してはいなかつたことが認められるけれども、しかし、本件事故当時、訴外改良区は、本件頭首工の下流域に人が立入るのを禁止するため、有刺鉄線柵を設置しており、また、訴外電源開発株式会社本別発電所が本件頭首工付近にダムからの放水による危険を告知する看板を設置していたことが認められ、しかも、検証の結果によれば、本件頭首工の歩行橋上からは、別紙図面(三)、(四)の×点付近はもとより本件頭首工下流域一帯を見通すことができ、操作室からも、窓から顔を出せば、右歩行橋からとほぼ同じ範囲を見通すことができたことが認められ、これと前記二で認定した本件事故発生に至る経緯を総合すると、本件事故発生の主たる原因は、訴外改良区の水路監守員たる山越が過失により本件頭首工の下流域にいた亡劭らの動静を確認しなかつたことにあり、本件事故は、極めて異例な通常では予見し難い事故であつたものと考えられ、以上の点に照らすと、本件においては、訴外改良区が本件頭首工の管理についてその危険防止施設の設置などを怠つていたため、本件頭首工からの放水によりその下流の釣り客などに対して本件のような水死事故が発生する危険が具体的に切迫し、これを放置するときは、本件頭首工下流の利別川の河川区域内に立入る住民の生命、身体の安全を保持しえないことが相当の蓋然性をもつて予測される情況にあつたものとは認め難く、他に被告道知事が土地改良法所定の監督権限を行使しないことが著しく合理性を欠き、社会通念上相当でないものと認めるに足りる証拠はない。

5  以上によれば、原告らの被告道に対する国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  被告国の国家賠償法二条一項に基づく損害賠償責任及び被告道の同法三条に基づく損害賠償責任の在否

1  原告らは、本件頭首工が被告国の管理にかかる営造物であると主張するので、以下これについて検討する。

(一)  公の営造物とは、行政主体により公の目的に供用される有体物ないし物的設備をいうが、右有体物ないし物的設備が特定の行政主体の営造物であるというためには、それが当該行政主体により設置、所有されているものであることは必要でないものの、現実に当該行政主体の管理上の支配力が及びうることを要するものと解するのが相当である。

(二)  本件頭首工は、被告道によつて、昭和四一年五月二八日被告国の管理にかかる利別川の河川区域内に築造され、次いで被告道から同四二年三月三〇日訴外改良区に対し、北海道土地改良財産譲与条例及び同規則に基づき譲与され、以来、訴外改良区によつて所有し管理されていることは、当事者間に争いがない。

そこで、まず本件頭首工が河川法三条二項所定の河川管理施設であるか否かについて検討すると、同項によれば、河川管理施設とは、河川の流水によつて生ずる公利を増進し、又は公害を除却し、若しくは軽減する効用を有する施設をいい、このうち、河川管理者以外の者が設置した施設については、当該施設を河川管理施設とすることについて河川管理者が権原に基づき当該施設を管理する者の同意を得たものに限られるところ、本件頭首工は、利別川の河川管理者以外の者である訴外改良区によつて管理されているが、これを河川管理施設とすることについては、河川管理者たる建設大臣が訴外改良区の同意を得たことについて何らの主張立証がないから、本件頭首工が被告国の管理にかかる利別川の河川管理施設であるということはできない。

(三)  次に、本件頭首工が建設大臣から河川法二四条、二六条の各許可を受けて設置された許可工作物であることは当事者間に争いがないところ、同法三〇条一項は、同法二六条の許可を受けて工作物を新築し、又は改築する者は、右許可工作物の工事について、河川管理者の完成検査を受け、これに合格した後でなければ、当該工作物を使用してはならない旨を定めている。

そこで、前記各許可の性質について検討すると河川法二四条の許可は、河川区域内の土地の占用によつて河川の機能を減殺するおそれがなく、これが特に社会経済上の必要性を有する場合に与えられるものであり、同法二六条の許可は、河川区域内の土地における工作物の新築改築などが河川における一般の使用を妨げ、河川の機能を減殺するような支障がない場合に与えられるものであるところ、同法三〇条一項の検査は、許可工作物がその位置、形状、構造及び工事の施工方法などのいかんによつては河川の機能を減殺する可能性があることから、これを最小限にとどめるために実施されるものであるから、建設大臣は、右各許可及び検査を実施するにあたり、河川の機能に与える影響という観点から当該工作物の安全性について審査する権限はあつても、当該工作物の他の観点からみた安全性についてまで審査する権限があると解することはできない。

これを本件頭首工に則していえば、建設大臣は、本件頭首工の設置によつて流水の正常な機能が妨げられないか、洪水等による災害発生のおそれが増大しないかといつた観点からその安全性について審査する権限はあつても、本件頭首工からの放水によつてその下流域に立入つている河川の自由使用者に対する危険が増大しないかといつた観点からの安全性についてまで審査する権限があるものと解することはできない。したがつて、本件頭首工につき、建設大臣が河川法二四条、二六条の各許可、同法三〇条一項の検査を実施する立場にあつたとしても、そのことからただちに、建設大臣が本件頭首工に対し、そこからの放水によるその下流域の釣り客などに対する危険の防止、安全性の確保の観点からする管理上の支配力を有していたものということはできない。

(四)  以上のほかに、被告国が本件頭首工に管理上の支配力を現実に及ぼしえたと認めるに足りる証拠はないから、本件頭首工が被告国の管理にかかる営造物であるということはできない。

2  次に、原告らは、建設大臣による利別川の河川管理には、本件頭首工の管理も含まれるものであるところ、本件頭首工の管理には瑕疵があつたのであるから、結局、被告国の利別川自体の管理に瑕疵があつたものと主張する。

しかし、河川法一条によれば、河川管理の目的は、河川について、洪水、高潮等による災害の発生を防止し、河川を適正に利用し、及び流水の正常な機能を維持するため、これを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ公共の福祉を増進することにあり、同法二四条の河川区域内の土地の占用許可及び同法二六条の工作物の新築、改築などの許可は、前説示のとおり、右河川管理の目的を阻害しない範囲において又は他の必要性に基づいて河川管理者によつて与えられる許可又は特許であり、また、同法三〇条一項の許可工作物の検査も、前説示のとおり、許可工作物の新築改築などにより河川の機能が減殺される可能性を最小限にとどめるために実施されるものであることからすると、被告国の河川管理には、河川管理施設に属しない許可工作物の他の観点からみた安全性、たとえば、本件頭首工からの放水によつてその下流域に立入つている河川の自由使用者に対する危険が増大しないかといつた観点からの安全性の確保までが含まれるものと解することはできない。

したがつて、被告国が利別川を管理する立場にあつたとしても、そのことからただちに、被告国が本件頭首工からの放水によるその下流域の釣り客などに対する危険の防止、安全性の確保の観点から、利別川の河川管理を行うべき義務があるものということはできない。

よつて、右観点からする利別川自体の管理の瑕疵を問おうとする原告らの主張は、その前提を欠き、理由がない。

3  以上によれば、原告らの被告国に対する国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

4  また、右によれば、原告らの被告道に対する同法三条に基づく損害賠償請求も、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

五  よつて、原告らの被告らに対する本訴各請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 渡邊壯 土屋靖之)

(別紙)管理規程〈省略〉

(別紙)図面〈省略〉

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